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大阪高等裁判所 平成5年(行コ)56号 判決 1995年1月27日

控訴人(原告) 桑田昭二 外四八名

被控訴人(被告) 大阪市長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が、平成四年一二月一四日付で訴外宗教法人妙栄寺に対してした、大阪市指令淀保第一六号納骨堂経営許可処分を取り消す。

第二当事者の主張

一  当事者の主張は、原判決の「第二 当事者の主張」(原判決二頁裏八行目から同二一頁二行目まで)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決二頁一一行目の前に「墓地、埋葬等に関する法律(以下墓埋法という。)一〇条に基づいて大阪府知事が行う墓地等の経営の許可の事務は、大阪市に団体委任されており、その事務を管理、執行することは市長の事務に属する(地方自治法一四八条)。」を付加する。

二  当審における控訴人らの補充主張

1  原判決は墓埋法及び大阪市墓埋法施行規則の文言にのみとらわれ、同法一〇条の趣旨を、もっぱら公益の保護にあり、周辺住民の個別的利益を保護するものではなく、同条によって受ける周辺住民の利益は反射的利益に止まるものと解している。

しかし、納骨堂の周辺住民は、個別的な宗教感情、宗教的平穏(憲法二〇条一項本文の信教の自由)、自己の生活領域内で多数の遺骨がその風土、風俗、良識に適合するように埋葬され、管理されていることに対する精神衛生上の人格的利益(憲法一三条後段の幸福追求権)、近隣の地価の下落等を受けない経済上の利益(憲法二九条一項の財産権)といった憲法上の権利、利益を有しているところ、近年における国民の生活水準の向上、人口増加、核家族の進展、生前墓の考えの普及という墓地・納骨堂を取り巻く社会状況の変化に鑑みると、墓埋法は、単に公益のみを保護するものでなく、納骨堂の周辺住民の個人的利益をも保護していると解すべきである。同法一〇条に基づく墓地等の経営等の許可の事務が、昭和五八年に機関委任事務から団体委任事務へ変更された目的は、まさに右のような社会状況の変化に対し、納骨堂の周辺住民の権利、利益を保護することにある。

2  仮に、1の主張が採用されないとしても、抗告訴訟の原告適格について定める行政事件訴訟法九条の「法律上の利益」とは、実定法の保護する利益に限らず、法律上保護に値する利益をも含むと解すべきである。

さらに、原告適格の有無は本案の当否の問題でなく、原告に訴訟制度を利用させるべきかどうかという本案前の問題であるから、その判断を実定法の解釈にかからしめるのは疑問である。この観点から、控訴人らが現実に受ける不利益の性質、程度など被害の実体に着眼し、法律上の保護に値する利益を有する場合には、原告適格を認めるのが妥当である。

本件においては、本件納骨堂の周辺住民である控訴人らは、宗教的感情、宗教的平穏、更には自己の生活領域内での遺骨管理に対する精神衛生、地価の下落等多大な実害を被っている。中でも、訴外妙栄寺がその二階ベランダに設置したプレハブの納骨室は周辺建物から骨壷が見えるような状態で保管されているというきわめてずさんな保管態様であり、周辺住民から多くの苦情が出ている。さらに、同寺院に対して納骨者が提起した民事裁判において、同寺院の納骨業務における残骨の処置が問題とされており、その処置の仕方いかんによっては周辺住民に甚大な被害を及ぼすことになる。右のような実害から控訴人らを守ることは法律上の保護に値するというべく、そのためには本件取消訴訟を提起する以外にないから、控訴人らの原告適格を認めるべきである。

3  原判決は、大阪市墓埋法施行細則八条について、納骨堂の周辺住民の個別的利益を保護するための許可基準を定めたものと解することはできない旨判示する。

しかし、右の解釈は同条の趣旨、文言に照らし誤りである。すなわち、同条本文は人家等が墓地等から三〇〇メートル以内にある場合には、墓地等の新設、拡張を原則として禁止する厳格な距離制限を規定しているが、その趣旨は、墓地等の安定供給、公衆衛生という公益を図る一方で、周辺住民の個別的利益を保護するためでもある。もっとも、同条但し書は、市長が付近の生活環境を著しく損なうおそれがないと認めたものについては許可できる旨を定めているが、その趣旨は、対象物件から三〇〇メートル以内の周辺住民のうち、生活環境が著しく害される者の個別的利益を一層保護しているものである。したがって、同条但し書の規定があることによって、同条本文の周辺住民の個別的利益保護の趣旨に影響するものではない。

また、多くの地方公共団体が条例で墓地等の対象物件からの距離制限規定を設けている実態からすると、墓埋法は墓地等の設置場所に関する制限規定を下位規範に委ねており、距離制限規定を設けた各地方公共団体の条例又は地方自治法一五条に基づく規則と一体となって、一般的公益の保護だけでなく、周辺住民の個別的利益をも保護していると解される。

第三証拠<省略>

理由

一  本件許可処分の取消を求める原告適格について

原判決二二頁表四行目から三〇頁裏二行目までの理由説示は正当であるから、これを引用する。

右の理由説示に照らすと、本件訴えは不適法といわざるを得ない。

二  控訴人らの当審における補充主張について

1  控訴人らは、原判決が、墓埋法一〇条の許可制の趣旨は公益の保護にあり、同条によって受ける周辺住民の利益は反射的利益にとどまる旨判示するのは、墓埋法及び大阪市墓埋法施行細則の文言のみから結論を導いた不当なものであり、控訴人らの憲法上の権利、利益や社会状況の変化を考慮すると、同法は公益のみならず、対象物件の周辺住民の個別的利益をも保護する趣旨である旨主張する。

しかし、抗告訴訟の原告適格を定めた「法律上の利益」について、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるに止めず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益も法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は当該処分の取消訴訟における原告適格を有する者というべきであること、そして、当該行政法規が、不特定多数の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきであること(最高裁判所平成元年二月一七日第二小法廷判決・民集四三巻二号五六頁、同平成四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号五七一頁)は、原判決の理由説示のとおりである。

この観点から、本件処分の根拠規定である墓埋法一〇条の保護利益を検討すると、同法は一条において、「納骨堂の管理等が国民の宗教的感情に適合し、かつ、公衆衛生その他公共の福祉の見地から、支障なく行われることを目的とする。」旨公益の保護をうたっている反面、個人の個別的利益の保護を目的とするとは規定していない。

また、納骨堂等を経営するためには同法一〇条による都道府県知事の許可を得なければならないが、同法にはその許可の具体的基準がなんら定められていないうえ、同法及び同法施行規則には右納骨堂等の経営の拒否を決するに当たり、予定場所の付近住民が意見書を提出し、公開の聴聞手続等の形での意見申述権、処分に対する異議申立権など周辺住民の個別的利益を直接又は黙示的に保護していることを窺わせる規定は一切なく、更に同法は周辺住民の個別的利益を保護するための基準の制定を条例又は規則等の下位法規に委ねる規定は一切置いていないのである。そして、原判決は墓埋法一〇条で保護されるべき利益を判断するに当たり、同法及び同法施行細則の文言のみによって判断したのでなく、同法制定の趣旨・目的及び同法施行細則の内容を検討し、趣旨・目的の具体的内容、許否の処分を決するに際し具体的許可基準の有無、手続への第三者の関与規定の有無その他周辺住民の個別的利益を直接定めた規定の有無等を判断要素として、同条による処分が公益保護を目的とし、その結果生じる周辺住民の利益は反射的利益に止まると判断したものであって、正当というべきである。

この点に関し、控訴人らは、同法一〇条の墓地等の経営の許可に関する事務が、昭和五八年に、従前の機関委任事務から団体委任事務と改正されたことは、同法一〇条の規定が周辺住民の個別的利益を保護するものであることを裏付ける旨主張する。しかし、右の改正は、行政事務の簡素合理化及び整理に関する法律(昭和五八年法律第八三号)により、行政改革のため団体委任事務とされたものであるが、従前、都道府県知事は国又は他の地方公共団体その他公共団体の機関としての地位に立ち、委任者の指揮監督を受けてその事務を処理すべきものとされていたのに対し、右改正により、地方公共団体が国の一般的指揮監督を受けることなく、自主的な責任と負担において処理すべきものとされるに至ったものであって、周辺住民の個別的利益を保護する趣旨でないことは、原判決の理由説示のとおりである(原判決二八、二九頁)。したがって、右主張は採用できない。

2  次に、控訴人らは、行政事件訴訟法九条にいう「法律上の利益」とは実定法の保護する利益に限らず、法律上保護に値する反射的利益をも広く含むと主張するけれども、1項で検討したところに照らし、当裁判所は右見解を採用することはできない。

3  さらに、控訴人らは、被控訴人市長が地方自治法一五条に基づいて定めた大阪市墓埋法施行細則八条は厳格な距離制限をもうけていることから、周辺住民の個別的利益をも保護する趣旨であると主張する。

しかし、地方自治法一五条に基づく規則は法令に違反しない範囲で制定し得るもので、市長が規則において墓埋法一〇条の許可の具体的基準を定める場合も、同条により委ねられた範囲内に限られ、これを超えた規則を制定することはできない。そして、墓埋法の趣旨を前記のとおり公益保護を目的とする趣旨と解するのが正当であるから、その下位法規たる大阪市墓埋法施行細則はその趣旨に沿って解釈されるべきであって、距離制限規定のほか、墓地等の周囲三〇〇メートル以内の地形、建築物の状況を表した図面の提出義務の規定(細則五条)等があるとしても、大阪市墓埋法施行細則は周辺住民の個別的利益の保護を目的とするものでないというべきである。

控訴人らの右主張は下位法規によってその上位法規である墓埋法の趣旨を変更するものであって、採用できない。

三  以上によれば、控訴人らの原告適格を否定し、本件訴えを不適法として却下した原判決は正当であって、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井関正裕 鏑木重明 岩田眞)

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